ないことを見るのではなくて
昨晩は少し帰りが遅くなったので、一人で晩ご飯を。
普段は奥さんと娘と奥さんのお母さんと僕、4人で食卓を囲んでいます。
昨晩は娘がお父ちゃんビールついであげるからねー、と上手に注いでくれました。
そしておかずには、娘が幼稚園で育てた茄子を焼き茄子に。
娘が育てた茄子を、娘が継いでくれたビールの肴にして、なんともしあわせな時間でした。

お商売を始めてから、売れなかった頃、心の在り方を本で勉強していました。
マーケティングの本を手に取ったつもりだったのですが、内容はわりと心の部分のことが書いてある本ばかりでした。
経営者たるもの人格者であれ、みたいなことが書かれていて、そうかまずは人格者になることが大事なのか、人格者とは何か、たぶん良心を持つ人だろう、なんて思い、心の在り方を学んでいたわけなのです。
こんにちは 焙煎アーティスト島規之です。
しあわせの大きさってある?
しあわせ自体に大きさや数値があるか、というと僕はそうではないと思ってます。
そのしあわせを大きくも小さくも感じることを決めるは、その人の心次第だと。
日々の小さなしあわせ事でも、大きく喜べることも出来るし、人から見てしあわせなことでも、その人にとってはしあわせなことではなっかたり。
しあわせ自体には大きさはなく、それを決める心がある、ということでしょうか。
例えば大きい地震などを経験すると、蛇口をひねると水が出て、おトイレがあって、電気がついて、ガスが出る、日々の生活で当たり前のことでも、ない環境を味わえば非常に有り難いことに気づくわけです。
阪神淡路大震災の時にほんとうにそう思いました。
どうしても当たり前が無意識になってしまえば、人と比べて自分には「ない」ことをフューチャーしてしまい、羨ましく思ったり、自分と比べて自分を卑下してしまったり。
でもね、ほんとうによく見ればしあわせなことって、足下にいっぱい落ちていると思うのですね。
それを感じる心を持てば、なのかと。
足を知る
般若心経の本を読んでいて、なるほどと思った言葉が「足を知る」という言葉。
今、自分は足りていることを知りなさい、という教えで、たぶんもっと奥が深いと思うのだけど、足りていることが当たり前の中で埋もれてしまえば、足りてないことに目が向き、もっともっとになりますよね。
だけど今、自分が足りていることを知れば、心は穏やかに、人を羨んだり、人と比べて自分を見下げたり、そんなことは少なくなると思うのですね。
見渡してみると、けっこういろんな事が足りていると思うのです。
そう思うことが出来たら、わりと日々がしあわせに感じると思うのですね。
小さいことと思うようなことでも、これはしあわせだ、なんて思うことができるはず。
自分を変えることを出来るのは、自分だけですよね、そうしてまずは心の豊かな人になろう、と努力してきました。
ていっても、まだまだ。
僕も足りていることがいっぱいなのに、いろんな欲に負けたり。
欲が悪いわけではありませんけどね、知的欲求や向上心は欲から来るモノですからね。
ただ謙虚にいるために、心穏やかにいるために、足を知るということ、大事だと思ってます。
島規之まだまだです。
これからの意識する口癖は「僕ってしあせもんだなぁ」にしてみよう、うん、そうしよう。
娘の継いでくれたビールを飲み、娘が幼稚園で育てた茄子を口にして、思ったことはそんなことでした。
いつもありがとうございます。
焙煎アーティスト島規之です。
島 規之
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