祈り
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日々他愛のないこと
ビッグイシュー日本版135号のスティングのスペシャルインタビューの中に
興味深い一文があった
司祭の祈りの時には、何を思っていたのですか との質問に
スティングは
「祈りというのは自分の無力さを認めることだし、その姿勢は大事だと思う。僕自身もよく祈るよ。誰にむかってなのかは、よくわからないけど」 と
僕は毎朝毎晩3回ずつ般若心経を読経し
お店の神棚には始業と終業に手を合わせている
般若心経を読経するのは「足を知る」という教えを
毎日の自分に自問し反省したりこれからを考えるため
というのは 後付で
般若心経を音読すると右脳が鍛えられ脳細胞を活発化するらしく
テレビで見る論客みたいに切れる頭脳を持ちたいがために
はじめたことだが 毎日のお酒は脳を萎縮するらしく
脳細胞を減らしているそうだ
だから飲み助の僕の場合 相殺だ
閑話休題
祈りというのは自分の無力さを認めること と書かれた文に
自分が神棚に手を合わす姿を重ねたとき
確かに何かにすがっているのかもしれない とも思った
他力本願的な部分も少なからずある
始業に「たくさん人にたくさんの笑顔がありますように」
終業に「今日も有難う御座いました」
とこの二言だけだけど 手を合わせて祈っていると
なんだか心を洗われるようで 清々しい気持ちになる
で答えを僕なりに考えた
自分の無力さを認めることは いろんな意味にとれるけど
自分の力ではなし得られないことが ほとんどだということを受け止め
つまり なるようにしかならん ということだ
なるようにしかならんのだから 明るくおゆきなさい
ということと解釈して
今日の日記は筆を置かせていただきます
ちょっと強引か?
島 規之
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Comment
AV知識だけでも結構いけるじゃまいか!!
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今日は映画館に出張してきましたぞ(笑)
後ろの席とはいえ、まさかあんな大胆に猥褻行為してくるとは。。。
せっかくだから3Dメガネかけてチチ揺れ見たけど、
やっぱりチチは飛び出さなかったです(爆)